奢る者が現れ、奢られる者が笑い、また別の誰かが奢られると思いきや奢る側に回り、奢る奢られるの境界が曖昧になっていく。
「今回は俺が奢る」と言ったはずの人が、気づけば「いやここは奢られる流れでしょ」と主張し始め、奢られる予定だった人がなぜか「じゃあ奢るよ」と逆転し、奢る意思と奢られる覚悟が交差する。
奢るために来たのに奢られ、奢られる気でいたのに奢ることになり、奢る奢られるがループして、誰が誰に奢るのか誰も把握していない。奢ると言えば奢られ、奢られると言えば奢る、もはや言葉の意味すら揺らぎ始める。